物流業界は、日本経済の重要なインフラとして、様々な産業や消費者のニーズに応えています。しかし、その背景にはトラックドライバーの過重労働や人手不足といった深刻な課題があります。
特に、2024年4月から施行される労働時間の規制強化によって、長距離輸送の能力が大幅に低下する可能性が指摘されており、「2024年問題」と呼ばれています。この問題の背景、関係する物流業界や荷主企業、国などによる様々な取り組みの効果や課題はどうなっているのでしょうか。
物流業界の「2024年問題」の要因は、働き方改革関連法に基づくトラックドライバーの時間外労働の規制強化です。働き方改革関連法自体は2019年に施行されましたが、トラック運送業については特例として適用を猶予されていました。しかし、その猶予期間は2024年3月末で終了し、2024年4月からは以下のような規制が導入されます。
これらの規制は、トラックドライバーの労働環境の改善や健康保持につながると期待されています。実際、トラックドライバーは全業種の平均よりも約2割長い労働時間となっており、脳や心臓の病気で労災が認定される件数も多いという現状があります。また、長時間運転による交通事故の防止も重要な課題です。
一方で、現場レベルでは新たな懸念が生じています。それは輸送量の減少です。既に物流業界では高齢化や離職などでドライバー不足が深刻化しており、新たなドライバーを確保することが難しい状況です。
日本のトラック輸送産業-現状と課題-2022によると、運送業界の人材不足についてこう述べられています。
「令和3年には、トラック運送事業に従事する就業者数は全体で約199万人、このうちドライバー等輸送・機械運転従事者数は約84万人と横ばいで推移しています。 また、トラック運送事業を含む自動車運送事業は、中高年層の男性労働力に強く依存しており、令和3年においては、40歳未満の若い就業者数は全体の24.1%である一方で、40歳以上50歳未満が29.1%、そして50歳以上が45.2%を占めるなど、高齢化が年々進んでいます。」
ドライバーの75%が40才以上、45%が50歳以上です。ドライバーの2人に1人が50歳以上という状況がいつ訪れてもおかしくない危機的な状態です。さらに、全日本トラック協会によると運送業の令和5年の4月度の有効求人倍率は「2.11」です。この数字をざっくり言ってしまえば、二人のドライバーを求人しているのに申し込みに一人しかやってこないということになります。2023年7月の有効求人倍率の全国平均が1.29ということを考えると、ドライバーの確保にいかに苦労しているのがこの数字からも見て取れます。 したがって、高齢化問題、人材不足に悩む運送業では、長距離輸送を担当するドライバーは1人で往復することが多く、拘束時間も必然的に長くなっているのが現状です。これを解決するために2024年4月から時間外労働や拘束時間の新たな規制が導入されることになりましたが、別の問題を生み出してしまいました。
それが、先述の輸送量の減少です。ドライバー1人あたりの仕事時間、すなわち輸送量が減るわけですから、荷主は配達の受付を断られるようになるかもしれません。消費者は当日や翌日受け取りなどの宅配サービスを受けられなくなるかもしれません。輸送に時間がかかって生鮮品の鮮度が落ちることもあるでしょう。 現状と同じ輸送量をキープするためにはより多くのドライバーを確保する、もしくは1人では対応できないことで交代のドライバーが同乗する必要が出てきますが、現状の運送業界では容易にできることではありません。また、結果的に人件費増による売上の減少につながることが懸念されます。
例えば、東京~大阪間の輸送を担当するドライバーの場合、千葉県にある倉庫を夕方出発し、目的地の大阪で荷物の積み降ろしも含めて作業が完了するのは翌日の朝になります。現在は1人で往復していても、新たな規制が導入されると1人では対応できず、交代のドライバーが同乗する必要が出てきます。しかし業界全体で人手不足が深刻な中、新たなドライバーを雇用するのは難しい状況があります。 また、先程も述べたように1案件あたり2人で担当するということは、人件費も増えることになります。長距離輸送は単価が高いとはいえコストがかかるため、それ自体を減らすという方向に舵を切った場合、企業として売上の減少にもつながりかねません。
売上をキープするための運賃交渉も活発化していますが、荷主企業の理解が得られないことや製品価格への反映による最終消費者の反発が強いことなどによって、なかなか思うような成果が出ていないのが現状と言えます。
働く環境が改善されますが、必ずしもドライバーにとって良いことばかりではありません。収入が減少してしまうという不安があります。これまで運送業界でドライバーとして働くことを希望する人の多くが、働いた分だけ稼げることに魅力を感じていました。しかし、働ける時間が短くなり長距離輸送に携われなくなれば、その分給与が減ってしまう懸念が出てきます。埼玉県のある運送会社では、長距離輸送を担当するドライバーの給与は来年4月以降、労働時間の減少に伴って、月に5万円ほど減ると見込んでいます。 「ドライバーは働いた分だけ稼げる」というメリットが薄くなってしまった場合、ドライバーを希望する人が減りさらに人手を確保するのが難しくなる可能性もあります。
このように物流業界では「2024年問題」によって輸送能力の低下や企業としての売上、ドライバー個人としての収入が低下する可能性が高くなっています。これに対して、物流各社や荷主企業、国などの関係者は様々な対策を進めています。
→「運送会社にできる2024年問題対策とは」荷主企業も対策を進める必要があります。荷主企業とは、物流各社に荷物を委託する企業のことで、例えば製造業や小売業などがここにあたります。荷主企業は、物流各社に対して納期や納品回数などを要求することが多くなっていますが、 これらの他にも積み下ろしといった付帯作業や納入先での長時間に及ぶ待機といった作業がトラックドライバーの過重労働につながっているという指摘があります。これらの要求や作業が緩和されることで、ドライバーの負担を軽減することができます。
待機時間を短くする取り組みの具体例としては、「バース予約管理システム」と呼ばれるシステムの導入が挙げられます。これは荷主企業や倉庫会社が主体となって導入するもので、ドライバーや運送会社が事前にバースでの入荷時間を予約することで荷受けの混雑を緩和し、荷待ち時間を短縮することができるようになるものです。 荷主側や倉庫ではトラックの来場時間を把握し、入出荷の作業を効率的にできます。近年では補助金の対象となるなど、徐々に導入が進むような動きがとられています。導入には双方にメリットがあり、2024年問題解消に一役買うことが期待されます。
国からも荷主企業に対する働きかけに本腰を入れています。2022年年9月には、有識者で構成する検討会を設け、その後「中間とりまとめ案」を提示しました。その中では、荷主企業にも計画的な改善を促す措置を検討すべきだと提言しました。他にも、荷主企業が物流の改善計画を策定し、国に報告を義務づけることを法律で規定するなども検討されており、 取り組みが計画を大きく下回った場合には、国が勧告を行うことなどが念頭に置かれています。国は、検討会での議論を踏まえ、今後、関係する法律の改正を検討する方針です。
実際に2023年5月には国土交通省と全日本トラック協会が連名で荷主企業約5万社と主要な荷主団体に対して「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)遵守へのご協力のお願い」文書、トラックドライバーのあたらしい労働時間規制に関するリーフレット、物流の2024年問題の意見広告資料を送付して周知を依頼する動きをとっており、荷主に対する具体的な働きかけも徐々に始まっている状態です。 また、2023年6月には政府から「商慣行の見直し」、「物流の効率化」、「荷主・消費者の行動変容」について対策を「物流改革に向けた政策パッケージ」として策定されたため、今後さらなる法的な整備が整っていくと思われます。
物流業界の「2024年問題」に対応するには、運送会社だけでなく荷主や消費者の理解と協力が必要です。
運送会社は、長距離輸送や繁忙期の輸送を減らすなど、業務の見直しや効率化を図る必要があります。また、ドライバーの給与や待遇を改善し人材確保や育成に努める必要があります。荷主は、荷待ちでの待機時間や納品回数を減らすなど、物流の効率化に取り組む必要があります。また、運賃への転嫁を理解し、運送会社と協力的な関係を築く必要があります。消費者は、宅配便の再配達を減らすなど、物流の負担軽減に協力する必要があります。また、物流の重要性や価値を認識し、運送会社や荷主に対する理解を深める必要があります。
物流業界の「2024年問題」は、私たちの暮らしに密接に関わる問題です。この問題に対応するためには、官民をあげて対策を急ぐことが求められます。
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